2025.08.21

業界最高レベルの解像度、5m四方でビル風を可視化する「都市気象予測モデル」

私たちの生活空間である都市では、ビルの間を吹き抜ける強風、ヒートアイランド現象による熱のこもり、ゲリラ雷雨による冠水など、都市特有の気象現象が私たちの日常生活に影響を与えています。

ウェザーニューズでは従来の一般的な気象予測モデルでは捉えきれない局所的な風”都市部の見えない風”に着目し、「都市気象予測モデル」の開発と実用化を進めてきました。 今回は、この「都市気象予測モデル」の開発担当者である、予報センター開発チームの高橋一成氏にモデルの開発の経緯や特徴、今後の展開について聞きました。

危険な都市の風をピンポイントで予測、運用を見据えて大学と共同開発

天気予報では風が強いという予報は出ていなかったのに、ビルの近くを通ると強い風が吹き抜けた、という経験は多くの人が経験しているのではないでしょうか。都市部で吹くビル風は通行人に不快感を与えるだけでなく、時には看板や備品を飛散させるなど危険を伴うこともあります。他にも、都市部の建設作業においては、強風となればクレーン作業はできません。もちろん、強風時の高所作業は非常に危険ですので労働安全衛生法で定められた基準を超える場合は作業を中止する必要があります。

従来の主要な気象予測モデルは5〜20キロメートルメッシュで、市町村や都道府県単位で予測をするためには優れていますが、ビルの谷間や密集した住宅地など、都市の複雑な構造が作り出す局地的な気象現象を直接的に表現することは困難でした。

そこで当社は、5メートルメッシュの超高解像度で風の流れをシミュレーションできる「都市気象予測モデル」を開発しました。このモデルを活用することで、ビルの影響で風が強まったり弱まったり、向きが変わったりする様子を、リアルに詳しく再現できるようになりました。

「都市気象予測モデル」は、筑波大学計算科学研究センター日下教授らが開発したCity-LESをベースにしており、2017年から当社と筑波大学で共同研究を開始、運用に用いるためのモデルの改良や精度検証を経て、2020年に実用化しました。City-LESは、地球科学分野において世界最大級の「アメリカ地球物理学連合(AGU:American Geophysical Union)」で論文としても発表しています1

モデルの精度検証を行うため気象観測を行う様子
モデルの精度検証を行うため気象観測を行う様子

このモデルの最大の特徴はなんといっても5メートルメッシュという高い解像度で予測できることです。この予測を可能にしている背景には、計算流体力学における乱流をシミュレーションするための手法の一つ「LES:Large Eddy Simulation(ラージエディシミュレーション)」というシミュレーション技術を採用しています。

一般的な気象予測モデルでは、大規模な空気の流れを計算しますが、ビル周辺で発生するような小さな「渦」までは詳細に捉えきれません。しかし、LESは、空気の小さな「渦」までを忠実に計算できるのが特徴です。計算モデルの中に、建物の高さや形状、土地の利用状況、詳細な地形データといった膨大な情報をインプットし、空気の流れを物理的に計算することで、従来の予測では難しかったビル風や、複雑な地形が作り出す局地的な風の挙動をより正確に再現し、予測することができるのです。

スパコンに頼らず超高解像度予測モデルを計算、当社独自の技術で運用化に成功

一般的に、気象予測は予測のメッシュが細かくなればなるほど計算量が増えるため、高解像度の予測を行うためにはスーパーコンピュータが必要とされています。今回の「都市気象予測モデル」は業界内でも最高レベルに細かい予測で、5kmメッシュの予測と比べると計算量は1,000,000倍になります。これだけ解像度が高い予測を用いて30時間程度先まで予測を行う場合、スーパーコンピュータを使用しても計算が終わるまで数時間以上を要しますが、ウェザーニューズでは独自の改良でこれを数分に短縮させることができました。

私たちが採用した方法では、まず対象となる地域の建物形状や地形などを細かく再現した三次元の地図を作ります。次に、その場所に東・西・南・北など決められた方位から風が吹く場合を想定し、それぞれの条件下で風の流れをCity-LESを用いてシミュレーションします。こうして得られた「風の流れ方」や「風の強さの分布」を方位ごとにまとめて保存し、風のパターンをデータベース化。このデータベースは特定の気象条件には依存しないため事前に作成しておくことが可能です。

方位に基づく風のデータベースのイメージ
方位に基づく風のデータベースのイメージ

実際に予測を行うときは、その日の予測データや観測データから代表的な風の情報を読み取り、データベースの中から一番近い風のパターンを選び出します。当社の持つ予測データとこの風のパターンを掛け合わせることで5メートルメッシュの予測を作成します。なお、必要があればこの予測値作成のフローを調整したりもします。

こうすることで、本来ならば数時間以上を要する複雑な風の計算を、数分で行えるようになり、日々の運用で用いることが可能となりました。

都市気象予測モデルを活用した予測値作成のフロー
都市気象予測モデルを活用した予測値作成のフロー

またウェザーニューズでは、サーバーやストレージ、ソフトウェアといったコンピュータのリソースを、必要なときに必要な分だけ利用する「クラウドコンピューティング」の技術を最大限に活用することで計算リソースを確保し、従来の日本における主要な予測モデルと変わらない更新頻度の高さを実現しています。

風速予測の誤差を約50%縮小!気象IoTセンサー「ソラテナPro」で都市の風を正確に読む

ウェザーニューズでは、「都市気象予測モデル」の精度検証を東京都内で実施しました。アメダス東京の地点における、日本の主要な5kmメッシュの予測モデル(MSM)と「都市気象予測モデル」の予測値を、アメダス東京の実況データと比較しました。MSMは、特に4m以上の風を予測する頻度が低く、風が弱く表現される傾向にあります。一方で「都市気象予測モデル」は、実際の風の強さ(最寄りのアメダス)を良好に再現しており、MSMと比べて、より正確に都市部の風を表現できているといえます。

予測の精度評価/アメダス東京の実況値(黒)、都市気象予測モデルの予測値(オレンジ)、MSMモデルの予測値(青)
予測の精度評価/アメダス東京の実況値(黒)、都市気象予測モデルの予測値(オレンジ)、MSMモデルの予測値(青)

さらに「都市気象予測モデル」は、観測機器と合わせて活用することで予測精度を高めることができます。予測地点に観測機器を一定期間設置しピンポイントのデータを収集することで、その地点の風の特徴をデータとして蓄積し、このデータを基に予測モデルをチューニングします。

当社が実際に行った事例では、建物の屋上に設置した高性能気象IoTセンサー「ソラテナPro」2を用いて予測モデルのチューニングを行いました。二乗平均平方根誤差(RMSE:Root Mean Square Error)で評価したところ、従来提供していた予測よりも風速の誤差が平均して約50%縮小し、リアルな情報を提供できるようになりました。「ソラテナPro」は設置の簡易さから気象状況をリアルタイムで監視する目的で建設現場での活用が広がりますが、予測と合わせてご利用いただくことでシナジーが見込まれます。

AIで進化する気象予測技術、ウェザーニューズの「見えない風」に対する挑戦は続く

「都市気象予測モデル」は、すでに、当社が法人向けに提供する気象情報サービス「ウェザーニュース for business」3でコンテンツとしてサービスの提供を開始しており、上空150mまでの複雑な市街地の風の流れを5メートルメッシュの高解像度で34時間先まで1時間ごとに細かい予測を提供が可能です。

実際に、海浜幕張周辺、東京の大手町・渋谷周辺などの都市部で日々予測を作成・運用しており、建設現場における作業可否判断や、ビルの施設管理として利用者の安全・快適性を守る役割、安全な屋外イベントの運営、ドローンの運航可否判断など、幅広い分野で活用されています。

「都市気象予測モデル」は、風向風速の他に突風率やWBGT(暑さ指数)、日陰・日向の予測を行うことも可能ですので、熱中症対策などへの活用も検討しています。引き続き、この技術を通して高解像度かつ高精度な予測の提供を実現し、安全で快適な都市生活の実現に貢献していきます。

都市気象予測はまだ進化の過程にあります。精度向上の取り組みに加え、AI技術を活用することでより広い範囲の同時計算を可能にし汎用性を高めるなど、更なる技術発展に取り組みます。都市の「見えない風」を可視化する、私たちの挑戦は続きます。

ウェザーニューズ 予報センター 開発チーム 高橋一成氏
ウェザーニューズ 予報センター 開発チーム 高橋一成氏

Footnotes

  1. 1:https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1029/2024MS004367 ↩︎
  2. 2:高性能気象IoTセンサー「ソラテナPro」、ウェザーニューズが開発した小型の気象観測装置で、風向風速や温度、湿度などを高精度で計測します。 ↩︎
  3. 3:超高解像度モデルの詳細はこちら、2024年に発表したプレスリリースはこちら「5メートルメッシュの超高解像度予測を「ウェザーニュース for business」で提供↩︎