2025.09.08
天気のプロが届ける山岳予報、富士山の気温予測誤差を約50%減少

コロナ禍以降、アウトドアへの関心の高まりと共に、登山や山歩きなどにも注目が集まっています。その一方で、過去10年間の山岳遭難発生状況をみると、2020年から3年連続で増加、2024年には3000件近い山岳遭難事故が発生しています。
登山時における山岳遭難事故の要因として、天候の悪化による道迷いや滑落などがあげられており、警察庁からは、山岳遭難防止対策として気象条件を確認し安全な登山計画を立て、常に最新の気象情報を把握するよう呼び掛けられています1。
ウェザーニューズにも登山を趣味とするスタッフは多いですが、天気のプロはどのように気象情報を活用しながら登山しているのでしょうか。また、登山向けコンテンツ開発当初の話や10年ぶりのアップデートについて、自身も休みの日は登山を楽しむという「山岳予報」開発担当の草田さんに話を聞きました。
登山前日は最新情報をチェック、登山中はソラヨミも
登山の魅力は雄大な自然との一体感ですが、山の天気は変わりやすく、危険と隣り合わせです。私自身も登山が趣味で、多い時には2ヶ月に1回程度山に登るなど登山を楽しんでいますが、安全のため、登山の計画を立てる時には必ず気象情報を確認するようにしています。
準備段階では、気温や風を参考にしながら、レインウェアや防寒着などの持ち物を考えます。当日の天気は、天気が安定する移動性高気圧が接近してくるタイミングが望ましいのですが、前日の段階でどうしても天気が回復する見込みがない場合は登るのを止めたり、行き先を変更することもあります。
また登山中も気象情報は必ずチェックします。山小屋や登山口の周辺は電波が入ることが多いので、電波が入らなくなった時に確認できるようスマホ画面のスクリーンショットを撮るようにしています。また、登山中は常に「ソラヨミ」(ウェザーニューズでは、空を読み解き天気や気象を自ら感じ取ることを「ソラヨミ」表現しています。)をして天気の変化に気をつけています。過去に山小屋まであと少しというところでゴロゴロと雷の音が聞こえてきたことがあり、山小屋までの道のりを急ぎました。
今となっては登山に特化した気象情報は様々な機関が発表していますが、一昔前までは一般的な天気予報しかありませんでした。また、その情報はあくまで我々が生活を送る平地の予報であり、登山には不向きな情報でした。
気温の予測誤差を約50%減少、山好きの仲間と開発した登山向け気象情報
10年前、「ウェザーニュース」とは別のアプリで登山向け気象情報を提供することになった際、私がそのプロジェクトに携わることになった時のことは今でも鮮明に覚えています。 ある日、当社の中でも登山と言えばこの人、山岳気象のプロフェッショナルである飯島さんと話していたら、飯島さんの学生時代を過ごした街と私の出身地がとても近いことがわかったんです。「もしかしてどこかですれ違ってたんじゃない?」っていうくらい共通点が多くあって、お互いに山が好きでしたし、話が弾みました。また同じ頃に、山好きの仲間たちと「登山向けのコンテンツ欲しいよね、作ろうよ!」と盛り上がったことも後押しし、飯島さんや登山好きのスタッフたちの経験を活かしたコンテンツを開発することになったんです。
それから10年が経って、「ウェザーニュース」アプリの中で登山情報をリリースすることになりました。10年前のメンバーに加え、社内の山好きメンバーが大集合して、コンテンツの企画や仕様について、「自分が欲しくなる最高のコンテンツを作ろう!」と議論することができました。久しぶりに、山好きの仲間たちと一緒に、こうして登山向けのコンテンツ開発に携われたことは嬉しいですし、とても感慨深いです。

さて、今回私は「山岳予報」のロジックを大幅に見直し、精度向上に取り組みました。
一般的に、地上の気温から上空の気温を推定する場合、「標高が100m上がるごとに気温が0.6℃下がる」という気温減率の法則がよく用いられますが、それだけでは気温の日較差(1日の気温差)が大きくなりすぎてしまいます。試しに、山の標高に対応した高度別の予測データを使用してみたのですが、日射による気温上昇や夜間の冷え込みといった地表面からの影響を考慮できず、山特有の気温変化をうまく反映できませんでした。
そこで、いいとこ取りをする形で、山の標高に対応した高度別のデータと、あらかじめ実況データで補正した山麓の予測地点のデータを組み合わせ、かつ、8種類のモデルを考慮した信頼性の高い予報を出せる新しいロジックを開発しました。
このデータをリリースする前に精度検証も実施しています。富士山の山頂の予報を対象に、新しいロジックで気温の予測誤差(RMSE2)について評価を行ったところ、RMSEは1年を通して4.36→2.65(誤差が42%減少)、富士山の開山期間である7〜8月では3.23→1.68(誤差が48%減少)と改善が見られ、予測の誤差を減少させることができました。
精度と解像度を高め、山の複雑な地形を反映したリアルな風の表現を追求
気温の精度向上に加えて、今回は風の予測のロジックも見直しています。
従来は上空の風速データを使用していたため、風速が実際よりも強く出てしまう傾向にありましたが、地表面の摩擦や地形による影響を考慮した新しいロジックを開発しました。具体的なロジックはお伝えできませんが、どのような計算式、係数にしたら良いか、試行錯誤を重ねました。代表的な8箇所の山岳で評価した結果、従来の予測に比べて風速予測誤差を約40%減少させることができました。
また、風の予報については、精度をあげるだけでなく、見せ方にも工夫しています。「山レーダー」では、100mメッシュという詳細な解像度で、山頂付近の風向と風速を1時間ごとに、65時間先まで確認することができます。山の起伏や斜面の向きといった地形を考慮しているため、より現実に即した精度の高い予報となっています。 山の地形に合わせて、高解像度で見せ、風のリスクをよりリアルに表現しています。

最新技術を活用した山岳予報で安全に登山を楽しんで欲しい
新しい予報をリリースして以降は3、社内の登山好きからも「あのコンテンツいいですね!」と声をかけられることもあり好評で嬉しいですし、私自身も、これから登山するたびに積極的に使って改善につなげていきたいと思います。
私たちの目標は、最新の気象予測技術を駆使して、より多くの登山者が安全に山を楽しめる未来を実現することです。 ウェザーニューズでは、世界中の気象データや最新の研究成果などの情報を常に収集しています。AIや計算機の性能が日進月歩で進化する中、気象予測技術もまた日々進化を続けています。
今回のリニューアルも、そうした最新の技術と知見を取り入れた結果です。今後は、さらに多くのデータを活用し、予測ロジックを磨き上げることで、登山におけるリスクをより正確に、そしてわかりやすく伝えるサービスを目指していきたいと思っています。 安全な登山を「当たり前」に。そのために私たちは、これからも挑戦を続けていきます。

Footnotes
- 1:https://www.npa.go.jp/publications/statistics/safetylife/sounan.html ↩︎
- 3:RMSEとは、Root Mean Square Error(二乗平均平方根誤差)の略で、予測の精度を測る指標です。 ↩︎
- 2:ウェザーニューズ、登山者向け気象情報「山の天気Ch.」提供開始 ↩︎