2025.12.05
火災の発生・延焼危険度を可視化した「林野火災リスク」 〜火事のリスクを減らし、命と自然を守りたい〜

近年、地球温暖化に伴う記録的な熱波や異常乾燥により、林野火災の発生リスクは過去に例を見ないレベルで高まっています。世界資源研究所のデータによると、20年前は世界の森林の焼失面積は400万ha前後でしたが、2023年には約1200万haを記録し、3倍近くも増大しました1 国土の約 67%が森林に覆われている日本においても、森林火災は決して他人事ではなく、予測不能な災害から「命と財産」を守る地域社会のレジリエンス強化が急務です。
ウェザーニューズは、この社会課題の解決に貢献するため、火災の発生リスクや延焼危険性のあるエリアを可視化する予測技術を開発しました。本ブログでは、「林野火災注意報」の火災リスクをリアルタイムで「見える化」する予報技術の裏側とサービスについて、ウェザーニューズの予報センター吉川真由子(よしかわまゆこ)氏に聞きました。
2026年に「林野火災注意報」の運用開始、大船渡の山火事をきっかけに加速する林野火災対策
日本では、令和7年2月に岩手県大船渡市で大規模火災が発生し、甚大な被害が広がりました。この火災は、林野内の異常な乾燥と強い風が要因となり燃え広がったと報告されています2。これを受け、ウェザーニューズは林野火災のリスクを可視化するため、技術的な検討を重ねてきました。
まず着手したのは、「いつ、どこで、森が火災を起こすほど乾燥するか」という林野火災発生の危険度(以下、発生危険度)の可視化です。発生危険度の鍵となる指標は、森の乾燥度を示す「林床可燃物含水比」です。これは、降水量と日射量から算出することができます。
さらに、樹木の種類(常用樹など)を予測ロジックに入れることで森の状態をより正確に表現したり、衛星画像を利用して樹冠密度(上空から見たときの植生の比率)を予測ロジックに入れることで、林床の湿度の高まりやすさを表現しています。
なお、日本の夏は湿度が高いため火災は起こりにくい環境ですが、降水量と日射量だけで判断すると発生危険度が過剰に反応してしまいます。日本特有の気候を考慮し、過去数日間の湿度を加味することで、過剰な発生危険度の上昇を避け、予測精度を高める工夫を施しています。

次に検討したのは、林野火災の延焼危険度(以下、延焼危険度)の可視化です。火災発生時、「どこで、どれだけ火災が広がりやすいか」という情報は消防活動に必要不可欠です。
延焼危険度の予測で最も重要となるのは、風が火災に与える影響を正確に計算することです。今回、予測ロジックには、山火事の延焼速度を予測するモデルとして世界的に信頼されている「ローサーメル(Richard Rothermel)の延焼速度予測式」を採用しました。(以下、Rothermelモデル)。
Rothermelモデルでは、風速データに加えて山の傾斜角度も考慮しています。火災による上昇気流(火事場風)は、山の傾斜に沿って勢いを増し、風速が増したのと同様に延焼を加速させる効果があります。山の傾斜から延焼を加速させる効果を考慮し、火災が1時間あたりに何メートル進むか(延焼速度)を予測、延焼の危険度をより正確に予測することができます。
なお、元々のRothermelモデルには、林床の可燃物の状態も計算式に含まれているのですが、社会実装するにあたり、ロジックをシンプルにしました。前半に説明した発生危険度と合わせて利用することで、過不足なく、かつ、どういう理由でリスクが高まっているか、情報利用者の皆さんにとって分かりやすく運用しやすいロジックにしたかったのです。

2025年11月18日大分市佐賀関の火災に見る異例の危険度
2025年11月18日に大分市佐賀関の住宅街で発生した大規模火災では、住宅180棟以上に延焼するという甚大な被害が出ました3。私たちは、火災発生当時、大分市のリスクがどれほど高まっていたのかを、独自の予測モデルを用いて評価しました。
当時の大分市の状況を解析した結果、11月18日午前9時の時点で林床可燃物含水率が20%以下で発生危険度は「高い」状況にありました。また、午後3時ごろには1,000m/h∼2,000m/h の延焼速度が予測されており、延焼危険度は「高い」状況にあったと言えます。
この延焼速度は、過去の足利の大規模火災と比較すると、その危険性が際立ちます。2021年2月に発生した足利の大規模火災の被害は約167ヘクタールと広く、鎮火まで23日間を要し、当時の延焼速度は1,200m/hと解析されています。 今回の大分市の火災は足利の事例に匹敵するか、それ以上の延焼の危険度があったと言えるでしょう。
地方自治体や消防本部向けに「林野火災リスク」を提供
日本では、令和6年2月の岩手県大船渡市で発生した山林火災をきっかけに、「林野火災注意報」が創設され、2026年1月から運用が開始されます。「林野火災注意報」は、乾燥や強風でリスクが高まった際に市町村が発令し、屋外での火気使用に注意を呼びかけるものです。
しかし、実際に消防関係者の方々とお話ししていると、運用のルール決め、実際の運用方法や部署間の連携、そして住民への周知・注意喚起に課題を感じているという声がきかれます。そこで、ウェザーニューズでは、法人向けに提供する「ウェザーニュース for business4」で「林野火災リスク」の提供を開始しました5。

「ウェザーニュース for business」では、林野火災対策に欠かせない「発生危険度」と「延焼危険度」を詳しく確認できます。
発生危険度: 実効湿度が 60% 以下の場合で 林床可燃物含水率が20〜30%の時に「中」、 20% 以下の場合「高」
延焼危険度: 延焼速度が 350〜400m/h の場合「中」、 400m/h 以上の場合「高」
これらの予測には、ウェザーニューズ独自の高解像度予測モデルを使用しており、日本全国を1km四方で細かく確認が可能です。「ウェザーニュース for business」では、リスクは地図上に視覚的に表示され、対象エリアでリスクが高まった際にはスマートフォンのPUSH通知で一斉に通知を受け取ることができるため、自治体や消防関係者の迅速な対応をサポートします。
さらに、消防庁が示す林野火災注意報/警報の発令指標の設定例6に対応した判定結果も合わせて確認できる仕組みになっています。
世界中で高まる火災リスク、人々の命や自然を守れる社会へ
今回の林野火災リスク予測の開発は、リモートセンシングによる林況のモニタリングと予報技術のノウハウを生かして作成したものです。この技術を通して、人々の命や自然を守れる社会に少しでも貢献できればと思っています。また、ウェザーニューズでは森林火災の発生リスクや延焼危険度に加えて、実際に今起こっている林野火災の検知ができるよう、人工衛星を使用した実用的で高精度な検知技術を開発中です。
現在、気候変動の影響で極端な気象現象が増える一方で、水不足や干ばつも問題になりつつあります。極端に乾燥した状況が続けば、一度起こった林野火災が激化するリスクにつながりますので、林野火災は今後もリスクが高まる現象の一つだと言えるでしょう。
ウェザーニューズは、日々の「気象」がもたらす多様なリスク予測に加え、数十年先の「気候」変動リスクを定量化しサービスとして展開しています。引き続き、この“気象と気候の両面”で取り組む独自の強みを活かし、新しい技術開発やサービスの社会実装を進め、日本に限らずグローバルにも展開していきたいと考えています。

