2025.12.11

史上初マラッカ海峡でサイクロン発生、インドネシアやタイで記録的な豪雨

2025年11月、東南アジア各地で記録的な豪雨が発生しました。この豪雨は広範囲で洪水や土砂崩れを引き起こし、多くの人命が失われる甚大な被害をもたらしました。特に、インドネシアでは908名、タイでは276名もの方が亡くなるなど、多くの犠牲者を出しています1

SYNOPの観測データによると、インドネシアのスマトラ島では26日までの48時間で600mmを超える降水量を観測し、これはこの地域の11月の平年降水量(223.3mm)の約3倍に相当します。また、タイ南部のソンクラーでは、26日までの48時間で500mm近くを記録し、1週間の合計では1,000mmに迫る大雨となりました。衛星画像を見ても、被害の大きかった地域の周辺では、積乱雲が非常に発達していることがわかります(図1)。

図1:2025年11月25日1:00(UTC)の衛星画像(赤外画像:積乱雲など上空にある厚い雲は白く写ります)
図1:2025年11月25日1:00(UTC)の衛星画像(赤外画像:積乱雲など上空にある厚い雲は白く写ります)

なぜ赤道近くで?マラッカ海峡でサイクロンが発生したメカニズムとは

インドの気象当局の発表によると、この熱帯域で発生した大気の乱れ(熱帯擾乱)は勢力を増してサイクロンとなり、最大で時速約74キロメートルの風を記録しました。マラッカ海峡でのサイクロン発生は気象観測史上初の事例です。

当時の状況を詳しく分析したところ、サイクロンが発生する直前、海水温と風の様子が例年とは大きく異なっていたことが判明しました。 海水温は、負のダイポールモード現象が発生していたり、弱いラニーニャ現象に近い海面水温の分布になっていました(図2)。このため、インド洋熱帯域の東側から太平洋熱帯域の西側で平年よりも海水温が高い状況にあり、東南アジアの広い範囲で上昇気流が発生しやすい環境になっていました。

図2: 負のダイポールモード現象とラニーニャ現象の模式図
図2: 負のダイポールモード現象とラニーニャ現象の模式図

また、風については、南シナ海からベンガル湾にかけての北東モンスーンとインド洋赤道周辺の西風という2つの風が例年に比べて強い状況にありました。東西からすれ違うように風が吹いたことで、風のシア(風向きや風速が急激に変わる領域)が生じ、回転の力が生まれました。

図3: 発生直前(11/17-22)の2025年の下層風平年偏差(気象庁HPより引用)
図3: 発生直前(11/17-22)の2025年の下層風平年偏差(気象庁HPより引用)

マラッカ海峡は赤道に近く、地球の回転による力(コリオリの力)がほとんど働かないため、渦を巻くサイクロンは通常発生しません。それにもかかわらず、今回この海峡でサイクロンが発生したのは、例年よりも「強い2つの風」と「高い海水温」という、サイクロンを発生させる二つの珍しい条件が偶然重なったためだと考えられます。




降水量の精度評価

今回の大雨について、各国が開発した7つの全球モデルの予測を比較しました。 深刻な被害を受けたインドネシアのスマトラ島では、11月23日12時(UTC)の時点で、多くのモデルが11月24日0時から26日0時(UTC)までの48時間で100mm以上の降水量を予測しており、大雨の可能性を示していました。最も多く降水量を予測していたモデルはヨーロッパ中期予報センターのAI気象モデルで、239.5mmの降水を予測していましたが、実際に観測された613mmには達しませんでした。

図4:各国の気象予測モデルにおける、2025年11月24日0時〜26日0時(UTC)の降水量の比較
図4:各国の気象予測モデルにおける、2025年11月24日0時〜26日0時(UTC)の降水量の比較

モデルのベースタイム:2025年11月23日12時(UTC) 地点:ロークスマウェ

ECMWF:ヨーロッパ中期予報センター NCEP:アメリカ国立環境予測センター JMA:日本気象庁 BOM:オーストラリア気象局 CMC:カナダ気象庁 DWD:ドイツ気象局

当社では、高精度の予報を提供するため、ウェザーニューズ独自の予測モデルに加え、他機関のモデルも活用したアンサンブル予報を行い、精度評価を通じて継続的な予報改善に努めています。引き続き、AI気象予測モデルも含め様々な予測モデルの精度検証を重ねることで、モデルの特性を深く理解し、皆様により高精度な気象情報をお届けできるよう努めてまいります。





Footnotes

  1. 1:Death toll passes 900 after catastrophic flooding and landslides in Indonesia, Starvation Fears as More Heavy Rain Threaten Flood-Ruined Indonesia ↩︎