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台風10号による北日本の大雨と河川はん濫について
2016年8月30日、台風10号が岩手県大船渡市に上陸しました。台風の接近、通過により、東北や北海道の太平洋側で記録的な大雨となり、河川のはん濫や建物の浸水被害が発生し、10名を超える犠牲者や行方不明者が出ました。また、鉄道では、東北・北海道新幹線や秋田新幹線、その他多くの在来線の一部区間が運休となり、高速道路や国道でも通行止めが相次ぎました。航空では、仙台空港や新千歳空港を発着とする100便以上が欠航となるなどの大きな影響が出ました。
台風が東北の太平洋側に上陸したのは、気象庁が1951年に統計を取り始めて以来初めてのことで、北海道(道東)や岩手県、青森県など、大雨の経験が比較的少ない地域で記録的な大雨となりました。また、この台風は本州の南海上で発生後、一旦南下してまた北上するという非常に稀な経路であったことや、日本付近で発生した台風としては、11日と3時間という過去最長の寿命であったことなど、過去にはみられない特徴的な台風となりました。
1.被害状況
8月30日、当社には空や雨に関する写真付きウェザーリポートが全国から22,855通届き、北海道や東北からは晴れている日の約2倍の報告が寄せられました(表1)。8月30日から31日にかけては、リポートの中でも被害状況を報告する「減災リポート」(*1)が多数寄せられました(図1, 2)。
*1「減災リポート」はスマホアプリ「ウェザーニュースタッチ」を通して、当社予報センターに寄せられる被害報告です。当社では、被害がいつ・どこで・どんな原因で発生したかを共有し、少しでも被害を軽減することを目的に、自助・共助による減災の取り組みを進めています。
◆減災リポートマップ(過去のデータも閲覧可):https://weathernews.jp/gensai_map/
雨や風の影響を調査するため、8月30~31日にスマホアプリ「ウェザーニュースタッチ」のユーザーに対して「雨の状況は?」・「風の状況は?」と質問し、雨の調査は全国6,757人、風の調査は 6,370人から回答をいただきました。
回答の選択肢については以下の通りです。
・雨の被害は?
“道路冠水”、“家屋への浸水”、“土砂災害”、“被害なし”
・風の被害は?
“大きなものが飛ぶ”、“停電”、“倒木”、“被害なし”
結果、北〜東日本の太平洋側に被害が集中し、道南や東北太平洋側では土砂災害や停電の回答が多く、特に被害の程度が大きいことがわかりました(図3)。
北海道や東北で被害が大きくなった理由の一つとして、事前対策が十分でなかったことが考えられます。台風10号に対して、事前の対策がどの程度とられているか調査するため、8月28日、全国の「ウェザーニュースタッチ」のユーザーに対して「台風10号ヘの備えは?」と質問し、“万全”、“ある程度できている”、“全くしていない”から選択いただきました。
全国12,763人の回答を分析した結果、“全くしていない”と答えた人は、被害のあった北海道では72%、岩手県では53%になり、今回台風が直撃していない関東(47%)よりも事前の対策をしていない人の割合が大きいことがわかりました(表2)。また、図4をみると道東太平洋側や岩手県の沿岸部では全くしていないという回答が目立ち、被害が大きかった地域における対策は十分であったとは言い難いことがうかがい知れます。
2.台風の経路
8月16日21時に日本のはるか南東の海上で、台風10号の元となる熱帯低気圧が発生しました(図5)。この熱帯低気圧は、本州の東の太平洋高気圧の縁に沿って、本州の南海上まで北西に進みました(図6-1)。
19日になると海面水温が27度以上の海域に入り、19日21時に台風10号へと発達しました。このとき、日本の南海上には、日本の東海上と大陸から張り出した高気圧の間に、「モンスーントラフ」と呼ばれる低圧部が形成されていました。このモンスーントラフ内には、台風10号の他に後の台風9号と台風11号になる熱帯低気圧があり、複雑に相互作用しあったため、台風10号は北上することができず、半時計周りに風が流れるモンスーントラフの縁を西〜南西に進んで沖縄に接近していくという、過去に例のない経路をたどりました(図6-2)。
23日頃にかけて沖縄の東海上に進んだ台風10号は、台風11号と9号が北上する間、大陸からの高気圧に阻まれ西に進むこともできず、ゆっくりと南進を続けました(図6-3)。この間、海面水温30度以上の海域で水蒸気の供給を受け、23日から25日にかけて急速に発達し、非常に強い勢力となりました。
沖縄付近で動きが遅くなっていた台風10号は、25日頃、朝鮮半島付近に寒冷渦が接近することで北東に方向転換し、発達・加速しながら進み、29日には関東の南東海上に再び到達しました(図6-4)。その後、日本海上に移動した寒冷渦と日本の東の太平洋高気圧との間を通る形で30日には北北西〜北西に進路を変え、海面水温が27度以下の海域で勢力を落としつつも、暴風域を伴ったまま、30日18時前に岩手県大船渡市付近に上陸しました。台風が東北の太平洋側に上陸したのは、統計開始以来初めてです。上陸後は、岩手から青森を通過して日本海に入り、31日0時頃に温帯低気圧に変わりました。
3.東北・北海道の大雨と河川はん濫
3-1. 大雨の状況
東北・北海道の太平洋側では、台風がまだ関東の南東海上にあった29日の午後から、台風の縁を回る東からの湿った気流により雨が降り始めました。東北では、30日午後から同日深夜にかけて激しい雨になりました。特に台風が上陸した夕方頃には、台風本体の雨雲がかかり、岩手県の複数のアメダス地点で1時間の雨量が80mmを超え、観測史上最大となる記録的な豪雨となりました(表3)。また、岩手県では48時間積算雨量においても7つのアメダス地点で8月としての観測史上最大となりました。
一方、北海道では、台風の中心は通過していませんが、31日の朝まで太平洋側に非常に湿った空気が流れ込み、強い雨が降り続きました。特に、十勝・上川・釧路地方ではまとまった雨量になり、上川地方の幾寅(いくとら)では、日積算雨量が168㎜という観測史上最大の量となりました。
当社は、気象庁レーダーと独自で設置・収集している雨量観測値から解析雨量を算出しています。その解析雨量によると、東北では太平洋側の北上高地で30日9時〜31日9時の24時間で200㎜以上、北海道では日高山脈や石狩山地で29日9時~31日9時の48時間で300㎜以上の雨が降っていることがわかります。
3-2. 河川の状況
大雨が観測された北上高地や日高山脈・石狩山地を水源とする河川では、大量の雨が流れ込んだことにより、河川のはん濫や堤防の決壊などが発生しました。その代表的な川として、岩手県の長内川(おさないがわ)や小本川(おもとがわ)、北海道の空知川(そらちがわ)や札内川(さつないがわ)(図8)について、水位と降水量の関係を調べました。
図8:はん濫や堤防の決壊などが発生が起きた代表的な川(黄色)とその観測地点(赤丸)の流域(水色、当社の河川流域DBより)。
小本川、長内川では、流域に短時間に激しい雨が降り(図9上段の水色線)、その1〜2時間後に水位が急上昇(図9上段のオレンジ線)して、堤防高、あるいははん濫危険水位に達しました。ピークの流域平均時間雨量は、小本川で36.3mm、長内川で50.8mmでした。過去10年間で流域に降った最大の平均雨量を当社の解析雨量のデータから計算したところ、小本川では23.4mm、長内川では30.1mmでした。つまり、今回の雨は、過去10年の最大値を超える雨量で、河川のはん濫は短時間の激しい雨によるものと言えます。
札内川、空知川では、流域平均で10〜20mm程度の強い雨が約半日程度続き(図9下段の水色線)、水位が段々と上昇し、札内川では堤防高に達しました(図9下段のオレンジ色線)。流域平均12時間雨量(図9下段の青色線)の最大値は、札内川で196.7mm、空知川で175.0mm、一方、その過去10年での最大値は、札内川で102.3mm、空知川で80.8mmでした。つまり、この二つの川のはん濫は、過去10年に例のないほど、強い雨が長く続いたことによるものと言えます。
図9 小本川(赤鹿)、長内川(長内橋)、札内川(南札内)、空知川(幾寅)の水位と流域平均雨量の変化。河川の水位は、川の防災情報HP(国土交通省)より取得。流域平均雨量は、流域(図8の水色)における当社解析雨量の平均値。※TP : Tokyo Peil, 東京湾平均海面
4.最後に
台風10号は、モンスーントラフや寒冷渦の影響を受け、珍しい進路を取って東北の太平洋側に上陸しました。これは、統計開始以来初めての事例で、台風10号本体の雲やその周囲に流れ込む湿った空気の影響で、東北や北海道では記録的な大雨となり、河川のはん濫が発生しました。はん濫した4つの河川の流域に降った降水量について当社の独自解析を行ったところ、東北は過去にない短時間強雨、北海道は継続的な強雨が河川はん濫に影響していることがわかりました。また、台風上陸前に実施された備えに関する調査結果から、備えを全くしていない人が7割を超えていたことがわかり、北海道や東北で被害が大きくなった理由の一つとして事前対策が十分ではなかったことが示唆されました。
今後当社では、降水量の予測だけでなく、河川災害の危険を少しでも早く察知し、減災・防災につながるような情報をいち早く発信していきます。