2025.09.26

AIを用いた独自のダウンスケーリング技術で高精細な1km四方の予報を作成

「今日の天気、傘いる?」「いま雨降ってきたけど、この後どうなる?」 毎日の生活に欠かせない天気予報。その精度が上がれば、私たちの暮らしはより快適になります。ウェザーニューズでは一人ひとりの生活に寄り添う情報を提供するために、高精度かつ高解像度な天気予報にこだわっています。 今回は、ウェザーニューズが提供する全サービスの情報元となる予測データの生成プロセスについて、AIを活用して予報精度の向上に取り組む予報センターの工藤風貴(Fuki Kudo)氏に、その舞台裏を聞きました。

ウェザーニューズの予報の作り方、モデルの癖を補正するAIダウンスケーリング

天気予報の元となるのは、各国の気象機関などが開発した数値予報モデルです。これは地球全体を5〜20kmメッシュ(格子状)に分割して、スーパーコンピューターが1マスずつ地球の大気の状態を計算して未来を予測するもので、天気予報の根幹をなす技術です。 ウェザーニューズでは、こうした数値予報モデルの計算結果をそのまま使うのではなく、1kmメッシュに変換するダウンスケーリングをしたり、標高に応じた高度補正1や実況データとの比較など、データ補正をしてから予報に利用しています。しかし、このデータ補正には課題がありました。それは、高度補正は人口密度の高い平野部や沿岸部では効果をあまり示さないということです。特に、1kmメッシュの海岸線付近の分布に課題がありました。 より高品質で意味のある1kmメッシュデータを作りたい、この思いを胸に、AI技術を気象の分野に適応した新しいダウンスケーリングおよび補正の手法を開発することになりました。

AIが数値予報モデルを補正、ユーザーの天気報告も教師データに利用

ウェザーニューズでは、観測データをもとに現地の”今”の様子を再現した1kmメッシュの独自実況解析値を作成しています。これには、アメダスの10倍となる全国13,000箇所の独自観測網や、全国のアプリユーザーから届く天気の報告「リポート」も活用しています。

私たちは、この1kmメッシュの独自実況解析値をデータ補正における「正解値」として活用することにしたのです。

AIを活用したダウンスケーリングのイメージ
AIを活用したダウンスケーリングのイメージ

AIによる新しいダウンスケーリング手法では、「正解値」である1kmメッシュの独自実況解析値と、予測誤差を含む数値予報モデルの関係をAIに学習させます。これにより、AIが数値予報モデルを1kmにダウンスケーリングし、同時にモデルの癖や弱点を補正することが可能になります。

このAIを活用したダウンスケーリングおよび補正技術は、ウェザーニューズにとって新たなチャレンジであり、様々な壁を乗り越えてきました。

最初に苦労したのは、どのAIダウンスケーリング技術を使えば精度が向上するか、調査と検証を行う部分でした。ダウンスケーリングに活用できるAI技術は、画像処理の分野から発展してきましたが、気象予測で安定的に使うためには、実際に自分たちのデータを入力・学習させて検証する必要があります。論文をもとに利用できそうなAI技術を調査し候補を絞り、どのエリア・どの季節でも安定した品質でダウンスケーリングできるか、検証に時間を費やしました。検証の過程では、ぼやけてうまくダウンスケーリングができない・ノイズが入る・季節によって課題が出る、などのAIモデルを洗い出し、最も安定的かつ精度の良いモデルを採用しました。

複数のAI技術を調査し、予測精度の品質を検証
複数のAI技術を調査し、予測精度の品質を検証

次に課題となったのは、AIに学習させるための膨大な計算量と時間です。高性能なコンピューターやサーバーが必要になりますが、クラウドサービスを駆使し、AIで学習する時だけ適切なコンピューターリソースを確保することで実現できました。近年、ウェザーニューズでは積極的に開発者の採用を行い、様々なバックグラウンドの開発者が集まっています。それぞれが持っている、気象分野のノウハウ・AI技術・クラウド技術を駆使することで、開発コストを抑えながら素早く検証と改善を繰り返すことができたと思います。

作って終わり、じゃない。自動で予報が進化し続ける仕組み

今回開発した、新しいダウンスケーリングおよび補正技術の素晴らしい点は、一度作って終わりではなく、自動でアップデートと品質チェックができることです。毎月、1年前の同じ季節の「正解値」と「予測値」を使って自動で再学習を行い、新しい教師データとしてAIに再学習させます。さらに、その結果をそのまま運用するのではなく、前月のモデルと比較し、より精度の高いモデルであれば運用に乗せる、というフローを組んでいます。 従来行っていた、手作業でのモデルの調整や、古いデータを学習させたモデルの運用には、抵抗がありました。日々変化する気象状況に合わせて予報モデルを常に最適化し、質の高い予報を届けたい。この想いが、僕たちをスタートラインに立たせてくれました。

最新の技術で精緻な予報「意味のある1kmメッシュ」を作りたい

ウェザーニューズ 予報センター工藤風貴氏
ウェザーニューズ 予報センター工藤風貴氏

私自身、入社後は陸上気象部門でお客様のニーズに合わせて予測データを選定し、自治体へ情報を提供するなどの業務を経験し、現在の予報センターに異動してきました。データを利用する立場も、予測データを作る立場も両方経験したからこそ、「予測の誤差をなんとかしたい」という気持ちが強くなったのだと思います。 今ある数値予報モデルを「補正」するというアプローチは、古くから予測精度をあげるために実践されてきましたが、近年のAI技術の進化で、できることが増えています。AIを用いたダウンスケーリングおよびデータ補正では、日々の予測時の計算は数秒〜数分で完了し、独自で数値予報モデルを計算するより、圧倒的に安く早く計算できるという点に、AIを活用することのメリットがあると感じています。 また、AIによる「補正」には、学習するための「正解値」が不可欠です。ウェザーニューズには、ユーザーの皆さんから届くリアルな「リポート」も参考にした、唯一無二の独自実況解析値があります。この「正解値」を活用することで、よりリアルな予測値を生み出すことができたと感じます。 皆さんがいま見ている天気予報は、僕たちの熱意と最新のテクノロジーが詰まったデータなのです。これからも新しい技術を積極的に活用し、解像度も精度も高い「意味のある1kmメッシュの予報」の提供に挑戦していきます。

Footnotes

  1. 1:一般的に、高度が上がると気温が下がり、その割合を“気温減率”といいます。観測データがない地点でも、周辺の観測データと気温減率を用いて「高度補正」を行うことで、その地点の大気の状態を推定することが可能です。 ↩︎