2026.04.13

「みんなで作る天気予報」を実現した42年のウェザーニューズ人生を振り返る(著:森田清輝)

社員番号57の森田清輝(もりた きよてる)さんは、1984年ウェザーニューズの前身であるオーシャンルーツに入社して、航海気象、沿岸気象を担当。

ウェザーニューズでは、42年にわたり様々なサービスやチームの立ち上げに関わったほか、ウェザーニュースLiVEに解説員として出演するなどウェザーニューズの発展に大きく貢献されました。

「42年の歳月にやり残しはない」

そう話す森田さんにウェザーニューズでの人生を振り返っていただきました。





このブログを書いた人

予報センター

森田清輝

1984年にオーシャンルーツ(後のウェザーニューズ)へ入社、様々な部署やサービスの立ち上げに携わる。2023年以降は、ウェザーニュースLiVEの解説員として活躍。3月29日の放送を最後に番組を卒業。




なんだ、このオッサン、、?創業者石橋さんとの出会い

創業者 石橋さん(左)、森田さん(右)
創業者 石橋さん(左)、森田さん(右)

私は、新卒で、ウェザーニューズとは別の気象会社に入社しました。

そこで5年間、今では古典的な観測、統計、予報などをみっちりと修行し、次の段階を模索していたころ、1984年にオーシャンルーツ(後のウェザーニューズ)と出会いました。

それまで、アメダスデータは気象庁に行って紙の資料を借り、必要な地点の要素や期間を手書きで写していました(今では信じられないです)。

しかし、オーシャンルーツではそれがオンラインで、しかも、最先端のPCの画面上で見ることができると知り、驚きました。

さらに、ひまわりの画像は他社に行って1枚1万円近くで購入するという高級品でしたが、同社にはひまわり受信機が設置してあり、ディスプレイ上で最新の情報を見ることができる……まるでパラダイスでした。

入社当初の森田さん
入社当初の森田さん

社員数は30名前後でしたが活気がみなぎっており、会社見学した当日に創業者と面談し即採用していただきました。 当時は、本社が赤羽橋にあり、面接の日の夜には一緒にラテンクォーター(もう閉店してしまいましたが、赤坂にあった高級ナイトクラブ)で社外研修みたいな勢いでした。

「日本一の予報の会社にしたい」 「違う!世界一だろう!!」

と息巻いて話す創業者の石橋さんに対して「、、なんだ、このオッサン、、?」という第一印象を抱きました。

当時のウェザーニューズの知名度は今とは比べ物にならないくらい低く、電話で「ウェザーニューズですが〜」と言うと「上沢乳業さんですね?」と聞き返されるのがお決まりのパターンでした。




気象業界が大きく変化した時代「天気予報の民主化」

ウェザーニューズに入社した頃は、部署などの新規立ち上げばかりで、面白さ半分、しんどさ半分の黎明期を生き抜きました。 特に印象的だったのは、1989年から気象庁に働きかけていた「気象業務法の改正」という大きな扉を開いたことです。

当時、民間企業は気象業務法の関係で、世の中に独自予報を出すことができませんでした。

法規制を緩和したい民間側として、気象庁を説得するためのやり取りを4年間にわたって行いました。

他の気象会社や放送メディアといった利害関係者を巻き込み、気象庁との交渉現場とその裏側で、石橋さんの指揮下で役目を果たせたことは僕のウェザーニューズ人生の中でやり遂げた代表的な出来事の一つで、その後の気象業界の発展に貢献できた大きな出来事でした。

当時の天気ビジネスが典型的なニッチ産業であったなか、ウェザーニューズは異彩を放つ存在でした。

創業時より「予報そのものではなく、気象への対応策をサービスとして売る」という理念を掲げ、法人向けサービスの開発・拡大に活路を見出していたからです。

そのため、通常の予報部門に加えて、他社にはないサービスを専門に提供する部門を設けていました。

お客様からの問い合わせを受けるウェザーニューズ(1992年)
お客様からの問い合わせを受けるウェザーニューズ(1992年)


1995年、気象業務法の改正、いわゆる「天気予報の自由化」は、社内にも大きな変化をもたらしました。

それまで天気図から人の手で作られていた予報は、あくまで技術者の“主観”によるものでした。そのため、予報の品質や生産性は個人の力量に依存し、安定していなかったのです。

しかし、「天気予報の自由化」以降は、数値予報の結果(GPV)*が公開されたことで予報の品質が安定し、予報を作る人と、予報を顧客向けに加工しサービスとして提供する部門に分け、従来の属人的な運営から効率的かつ専門的な運営体制へと変化していきました。

*GPV(Grid Point Value)天気予報は、スーパーコンピュータを用いて地球上の格子点(メッシュ)ごとの気象要素(気温、風、雨量など)を物理方程式でシミュレーションした高精度な数値予報データのこと。

数年前から、「気象への対応策が企業にとっての大きな価値になる」と確信していた創業者は、出来たばかりのサービスを手に、放送局やCATV局などのメディアや急成長中のコンビニエンスストアなどに営業し、サービスを一気に広めていきました。

ただ、すごい勢いで販売していったために、あちらこちらのバランスが崩れ、サービスの提供を間に合わせるために現場は必死の奔走を強いられました。

「収拾するのにエライ目にあったなあ」と、思い出す度に古傷が痛みます。(笑)




個人向け気象情報サービスの開始後、予報精度を強みにビジネスが急拡大

個人向け気象情報サービスの例(サポーターと桜の生長を見守る「さくらプロジェクト」や花粉飛散量を観測する「ポールンロボ」など)
個人向け気象情報サービスの例(サポーターと桜の生長を見守る「さくらプロジェクト」や花粉飛散量を観測する「ポールンロボ」など)

今でこそ、ウェザーニューズといえば、スマホアプリやYouTubeの番組をイメージされる方が増えましたが、個人向けサービスの運営体制が定まったのは、携帯電話からインターネットに繋がる2000年前後のことです。

「コンテンツ」をキーワードとして個人向けサービスの模索や試行錯誤を繰り返した時期でした。

気象専門の番組を立ち上げようと、国内外の放送局から実績を持つプロデューサーを何名も採用したものの難航します。

そこで、既存の考えにとらわれないやり方で、2006年にウェザーニューズから独立した子会社として「WITHステーション」を設立することになりました。

そこでは生放送による視聴者との対話や天気アプリをSNSとしたコミュニケーションの形を模索しました。

その結果、サポーターの輪が広がり、アプリを通してユーザーから大量にデータ(サポーターデータ)が集まるようになりました。

そして、このサポーターデータを解析し”集合知”仮説を展開することで新たな気象コンテンツが生まれ始めたのです。

新しい気象コンテンツは新たなサポーターを惹きつけ、ビジネスが急速に回り始めました。この成功を受けて子会社は役目を全うし、2012年以降、ウェザーニューズは法人向けサービス(BtoB)と個人向けサービス(BtoS:Business to Supporter*)の両輪で稼働し始めることになりました。

**BtoS:一般的には、Business to Consumerと呼ばれる事業区分である「個人向けサービス」ですが、ウェザーニューズでは、アプリユーザーをサポーターと呼んでいることから、BtoS(Business to Supporter) と呼んでいます。



各都道府県を巡り、サポーターと共に「空」を「読み」解き天気を知る“ソラヨミ”セミナーを実施
各都道府県を巡り、サポーターと共に「空」を「読み」解き天気を知る“ソラヨミ”セミナーを実施

その後、サポーターデータとAI技術、そして予報モデルを組み合わせた「独自の精度向上技術」が確立されていきました。

そして、対応策のサービスを売る法人向けサービス(BtoB)&圧倒的な予報精度をコアとした個人向けサービス(BtoS)というサービス軸が明確になりました。

2019年から予報センターは「予報精度No.1」をKPIとした運営に変化し体制改革(DevOps*)が進みました。

***DevOps:開発(Development)と運用チーム(Operation)が連携・協調し、ツールの活用と自動化を通じて、高品質なソフトウェアを迅速かつ安定的にリリースする「文化・手法」のこと

また、従来オンプレミスで作成していた予報のクラウド化が進行したことで、2020年のコロナ対策のリモートワーク下においても、自然体でありながら高いパフォーマンスを維持することができました。

ウェザーニューズは常に最新のテクノロジーを取り入れ、進化し続けてきました。




新たなステージへ、契約社員としてウェザーニュースLiVEへの番組出演を開始

ウェザーニュースLiVEの前身「SOLiVE24」に出演していた頃の森田さん
ウェザーニュースLiVEの前身「SOLiVE24」に出演していた頃の森田さん

「予報精度No.1」という目標と役員としての責任を全うしたこと、および、体力と知力の衰えから、2023年に退職届を提出。長年のウェザーニューズ人生に区切りをつけることにしました。

しかし、皆さんに盛大な送別会で送り出される中、ある“エライ人”からできることを探して実施せよとの指針をいただきました。この言葉をきっかけに、ウェザーニューズで自分がまだ貢献できることは何か、と改めて考えをめぐらせることとなりました。

一番最初に思い浮かんだのは、サポーターの皆さんからいただいた情報を予報精度の向上に活かし「予報精度No.1」を達成した、あの瞬間の素晴らしさです。

「気象の実況値は観測機器から入電されるデータである」という業界の常識を覆し、サポーター情報を予報システムに取り込む。これは気象業界では異例であり、予報精度の向上だけでなく、情報精度の向上にも繋がる画期的な取り組みだったのです。

同時に私の脳裏にふと浮かんだのは、番組が持つ「使命」です。

今も忘れられないのは3.11の時の放送です。

当時、出張先の新潟で番組を見ていた私は、「24時間放送し続けている」からこそ「いざという時」人の役に立つのだということを強く実感しました。

「みんなで作る天気予報」を推進し重要性を一番身近に感じてきた者として、この取り組みを支えてくれたサポーターの皆さんに感謝の思いを伝えたい。取り組みの重要性を解説者として伝えようと思い、ウェザーニューズLiVEの解説業務を担当することになりました。




サポーターへの感謝〜「みんなで作る天気予報」を立ち上げることができ予報屋冥利に尽きる〜

2026年3月29日 森田さん最後の番組出演
2026年3月29日 森田さん最後の番組出演

ウェザーニューズ人生を振り返ってみても「なんだ、このオッサン、、?」という石橋さんへの印象は、変わることはなかったなと思います。 夢を語り、ドリームを共有し続けた創業者の石橋さんは、常に私の考えの先の先を行っていました。



後輩各位へ

現在の「予報精度No.1」は気象庁の定めた採点方式によるものです。

実際のサポーターの感覚とズレることが多々ありますので、サポーターの体感に近い「新たな精度評価方法」をウェザーニューズが独自に開発した方が良いと思います。期待しています。

また今後、気候変動やグローバルなどウェザーニューズとして取り組むべき新たな展開が待っていると思います。 参考にできるものや過去の事例が少ない時には自分の信ずるままに邁進してください。



サポーターの皆さんへ

ウェザーニューズでは、常に新しいやり方を模索してきました。 新しい気象のあり方「みんなで作る天気予報」を推進できたことは予報屋冥利に尽きます。 サポーターの皆さんと一緒に天気予報を作るというコンセプトの実現に向け携わることができたこと、実際に実現できたこと、心より感謝申し上げます。

ありがとうございました。

森田さんとバシさん(左)、森田さんとキャスターの皆さん、番組スタッフたち(右)
森田さんとバシさん(左)、森田さんとキャスターの皆さん、番組スタッフたち(右)